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- 旧島津公爵邸案内:設計者と建築について
ジョサイア・コンドル|Josiah ConderIII (1852/9/28~1920/6/21)
英国・ロンドン出身の建築家。明治10年(1877年)日本政府の招きにより来日したお抱え技師で、工部大学校建築学科の教授になると共に、数多くの官公署の建物や華族、豪商の邸宅の設計にあたった。主なものとしては、鹿鳴館、御茶ノ水ニコライ堂、岩崎久彌邸、古河虎之助邸、三井倶楽部、旧東京帝室博物館、旧海軍省、旧大審院等がある。辰野金吾ら、創生期の日本人建築家を育成し、建築界の基礎を築いた。
建築物の解説
島津邸は煉瓦造、地上2階地下1階建、建坪約280坪の大邸宅である。建築様式はルネッサンス様式であるが、特にベランダの柱頭飾りは、1階がトスカーナ様式、2階がイオニア様式で古典主義の規範に従っている。

また南側の芝庭に面して円弧状のベランダや同じく円弧状に突き出た窓などバロック的な要素も加味されている。外壁は当時最先端のデザインだった白タイル貼りで、建物のアウトラインを強調するかのように貼られた隅石には灰色の新小松石が使われている。また、関東大震災にも揺るぐことのなかった堅牢な建築でもある。

建物全体はT字型で、1階はほぼパブリック・スペースで南側の接客部分と北側の使用人部分からなり、2階は家族のプライベート・スペースである。1階は大小の応接室が南側の芝庭に面して並び廊下でつながれ、その廊下は玄関ホールに向かっている。このホールを中心に、公爵の書斎、大食堂と家族の食堂、階段室と玄関室が配されている。2階には公爵夫妻の寝室や子供室、浴室などがあり、暖炉の枠は1階が大理石であるのに対して、2階は木製である。しかし、1階と同様の円弧状の窓のある夫人客室の暖炉だけが白い大理石製であるのは、大正天皇皇后の行幸啓時に眺めの良いこの部屋を便殿(休憩所)として使用する予定があったからだと考えられる。

階段の手摺や暖炉の彫刻、天井の漆喰装飾やステンドグラスは、ほぼ当時のままの姿で残されている。旧島津公爵邸はコンドルの設計による数少ない現存住宅建築の遺作として、彼の晩年の力作の一つに数えることができるものである。




